岡山地方裁判所津山支部 昭和43年(ワ)32号 判決 1969年2月24日
原告
大杉よし子
被告
森安一枝
ほか三名
主文
一、被告森安一枝は、原告に対し金一二一万〇、八八八円およびこれに対する昭和四三年三月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二、被告森安恭子、同森安裕、同森安玉恵は、各自、原告に対し金二六万九、〇八六円およびこれに対する昭和四三年三月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三、原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
四、訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
五、この判決は第一、第二項にかぎり仮に執行することができる。
事実
(当事者が求めた裁判)
一、原告 被告一枝は、原告に対し金六九六万八、〇八〇円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
被告恭子、同裕、同玉恵は原告に対し、各自、金一五四万八、四六二円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。との判決並びに仮執行の宣言。
二、被告ら 原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。
(主張事実)
第一、請求原因
一、被告一枝は、昭和四〇年一〇月八日午前八時五〇分頃、訴外森安清所有の軽四輪自動車を運転し、津山市高野本郷一、七四〇番地先道路を時速約五〇キロメートルで南進中、左前方約二七、三メートルの左側道路から普通乗用自動車が自車の進路上に進出しようとしているのを認めたが、このような場合運転者としては、同車の動向をよく注視して減速し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、同車は停車していたのにそのまま自車の進路上に進出するものと誤認し、狼狽して急制動するとともに右にハンドルを切つたところ、右前方約二〇メートル附近に普通貨物自動車が対向して進行して来るのを認め、あわてて更にハンドルを左に切つた過失により、自車を左斜前方の畑の中に回転々落させ、よつてその衝撃により、自車に乗車していた原告に対し、頭部打撲、前額挫創、左前腋挫創の傷害を与えた。
二、原告は右事故のため頸椎損傷を受けて四肢疼性不全麻痺となり、次のような損害を蒙つた。
(一) 治療関係
1、津山中央病院、昭和四〇年一一月八日から同年一二月二日まで入院
入院治療費 合計金三万五、三一二円
2、高村医院 同年一二月一五日から昭和四一年一月六日まで治療
治療費金三、〇八九円
3、藤縞外科病院 昭和四〇年一二月二三日治療
治療費 金六一円
4、湯郷温泉病院 昭和四一年三月五日から同年七月二〇まで並びに同年一一月九日から同年一二月一六日まで入院治療
入院治療費 金一〇万〇、一三七円
5、高見病院 昭和四一年四月二六日治療
治療費 金二、五五九円
6、岡山労災病院 同年一月二八日並びに同年六月一六日治療
治療費 金二、七二六円
7、榊原十全病院、同年一一月三〇日治療
治療費 金一、二二六円
8、慶応病院 同年一二月一二日並びに同月一三日治療
治療費 金一、四四九円
9、山本鍼炙 同年一月七日から同年三月五日まで治療
治療費 金九、四〇〇円
10、岡山大学附属病院、昭和四二年五月三〇日治療
治療費 金一、七七七円
11、国立岡山病院整形外科、同年八月診療
診療費 金四七〇円
12、看護料
イ 池田ヤス子 昭和四〇年一〇月一〇日から四一年七月二八日まで七九日間
金四万七、四〇〇円
ロ 野上清子 昭和四一年八月から四二年一月まで二九日間
金一万一、六〇〇円
ハ 伊藤すみ 昭和四一年一二月から四二年四月まで一一八日間
金五万九、〇〇〇円
ニ 伊藤百々代 昭和四一年一一月一四日から同月二八日まで一五日間 金八、〇〇〇円
ホ 末国時子 昭和四一年二月八日から同月一六日まで九日間
金四、五〇〇円
ヘ 鈴木京子 昭和四一年二月一六日から同年四月四日まで四八日間
金二万八、八〇〇円
13、橋本義肢製作所 昭和四〇年一一月二五日頸椎用装具軟性コルセット代
代金三、三〇〇円
14、小川器械店、昭和四一年二月三日グリソンシュリンゲ代
代金一、三五〇円
(二) 治療のための交通費、宿泊費など
1、高橋イオン治療所関係、昭和四二年七月二〇日から同年八月五日まで滞在
治療日数一三日間、一日金八〇〇円として合計金一万〇、四〇〇円、電気治療機使用料金三万六、〇〇〇円、交通費林野、三宮間国鉄往復料金二、九二〇円(附添分を含む)、滞在費すなわち知人宅に滞在のための謝礼および附添謝礼、車代など金四万八、〇〇〇円
2、慶応病院(東京)関係、いずれも附添人一人分を含む
宿泊費金四万二、〇〇〇円(一日一人三、〇〇〇円、七日間)交通費林野、大阪間国鉄往復料金三、二八〇円、新大阪、東京間新幹線ひかり往復料金一万三、三二〇円、宿泊所から病院への通院車代金七、〇〇〇円
3、東映球団細金トレーナ関係、昭和四一年六月芦屋竹園別館にて治療
宿泊費、六日間金二万一、〇〇〇円、治療謝礼金一万五、〇〇〇円、交通費林野、芦屋間国鉄料金三、〇八〇円(附添人分を含む)
4、湯郷タクシー支払分、いずれも各回とも往復分、待時間を含む
イ 湯郷医院から津山高見病院まで金三、五八〇円
ロ 林野、湯郷間、昭和四一年七月から同年一一月まで一六回 金五、七六〇円
ハ 右同、同年一二月から昭和四二年七月まで三回 金一、〇八〇円
ニ 湯郷から畳沢まで、昭和四一年三月から同年一二月まで、一三回、金一万四、一七〇円
ホ 湯郷から岡山川崎病院まで、金七、五〇〇円
ヘ 湯郷から岡山労災病院まで、二回、金一万七、〇〇〇円
ト 湯郷から岡山榊原十全病院まで、金七、五〇〇円
チ 湯郷から岡山医大まで、昭和四二年五月一八日、金七、五〇〇円
リ 林野から岡山医大まで、同月二三日、金七、七〇〇円
ヌ 湯郷病院から国立岡山病院まで、金七、五〇〇円
(三) 休業損
原告は、昭和三六年一月一七日に調理師免許を受けて飲食店営業を営んで収益をあげていたが、事故により、昭和四〇年一〇月八日から昭和四二年一〇月まで二四ケ月間(一ケ月の就労日数を二六日とし)休業し、平均一日当り営業利益七〇〇円、本人就労賃一、〇〇〇円合計一、七〇〇円で、右期間合計金一〇六万〇、八〇〇円の休業損を蒙つた。
(四) 逸失利益
原告は労災身体障害等級の第八級に該当する後遺障害があり、これにともなつて飲食店の営業に支障を来たすものであり、事故当時の原告の飲食店営業による年間利益を金五三万〇、四〇〇円とし、原告は大正三年一〇月生であるからその営業可能年数を一三ケ年とし、身体障害による労働能力喪失率を四五%として、ホフマン式計算によつて得べかりし利益を算出すると、金二三四万三、八三七円となる。
(五) 後遺症に対する将来の冶療費
前記後遺症について、原告は年間一二万円の入湯、電気治療薬価料、交通費を死亡にいたるまで必要とするが、原告の平均余命は二四年であり、これによつてホフマン式計算法により算出すると、その費用は金一三九万円である。
(六) 慰藉料
原告は、本件事故により頸椎損傷などの傷害を受け、治療に全力を尽したが、治癒するにいたらず、前記のような後遺症があり、死ぬまで苦痛をうけるものであつて、原告が身心に受けた苦痛は甚大であり、これに対して金二〇〇万円の慰藉料を請求する。
三、本件事故は被告一枝の過失によつて生じたものであるから、被告一枝は不法行為者として、訴外森安清は自動車損害賠償補償法第三条によつて、それぞれ原告の右損害を賠償すべき義務のある者である。
原告は、自賠法により、損害額のうち金七三万円を受領済みである。
しかるところ、訴外森安清は昭和四三年二月一六日死亡し、被告一枝はその妻として、被告恭子、同裕、同玉恵はそれぞれその子として、同訴外人の債務を相続したもので、その相続分は被告一枝は三分の一、その余の被告らはいずれも九分の二である。
よつて、原告は被告らに対し、被告一枝は不法行為者並びに訴外森安清の相続人として右損害額の全額の、その余の被告らは相続人として相続分に従つた数額の金員とこれに対する損害発生の日より後である本訴状送達の日の翌日から各金員支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第二、請求原因に対する答弁
一、請求原因一項の事実は、原告の受傷したことを除いてその余の事実は認める。
二、請求原因二項の事実は不知。
(一) 原告の治療に要した費用を損害とすることは、津山中央病院、滝本医院、岡山大学病院における治療以外のものは、いずれも治療に適切、不可欠なものということはできず、原告は手当り次第に効果もない治療機関にかかり無用の出費をしたものである。イオン治療については医師がその必要を認めて直接指示をした場合でなければ適切といえず、入院中の附添料は特に医師が療養上必要ありと認めた場合のほか請求し得ないものであつて、前記のもの以外の治療および附随費用は、相当因果関係を欠くものである。
又、原告は岡山大学病院において、徹底的に手術をするようすすめられたのに、これが恐ろしいとして入院せず、慶応病院においても、もう一度来るよう言われたのにおもむかず、診察を十分受けないで、医師の指示にしたがわず損害を増大したものであるから過失相殺を考慮すべきである。
(二) 原告は受傷により営業不能になつたというが、原告は事故後も飲食店営業の注文に応じていたもので、原告主張の如く重症ではなかつたものであり、又、原告の二男も調理師を好み、資格を得て原告の飲食店営業を継続しているので、本件事故により労働能力が減少しても収入減はないから損害は発生しない。
(三) 原告は、事故当日、被告一枝の子である被告裕の高校運動会に赴くべく自動車で出発しようとしていた被告一枝に対し、同乗方を頼んだので、被告一枝はこれを承諾して同乗させたものであつて、かかる事情は損害額の認定において考慮さるべきであり、かかる事情であるのに原告請求の慰藉料額は著るしく過大である。
三、請求原因三項の事実中、自賠法にもとづく保険金受領、訴外森安清の死亡とその相続関係についての事実は認める。
第三、抗弁
一、原告は、昭和四〇年一〇月二二日頃、警察官から参考人として取調べられた際、治療費はいただいておりませんが、被告一枝に無理をいつて乗せていただいたのでよろしくお願いしますと述べて、当時、被告らに対する請求権を暗黙に放棄したものである。
二、然らずとするも、昭和四一年八月二八日、原告と被告らの代理人訴外森安清との間の話し合いにより、被告らは原告に対して金一八万円を支払うことの示談が成立したものであるから、原告の請求は失当である。
第四、抗弁に対する答弁
一、原告は、被告らの抗弁事実に対して明示の答弁をしないが、弁論の全趣旨によつて、これを争つているものであることが明らかである。
〔証拠関係略〕
理由
一、請求原因一項の事実は、原告の受傷の有無、程度を除いて、当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告は本件事故によつて請求原因一項記載の傷害を負つた(その後の症状の発展については後に認定する)ことが認められる。右争いのない事実および認定事実によれば、原告の傷害が被告一枝の請求原因一項記載の過失によるものであることが認められるから、被告一枝は、原告の蒙つた損害について、不法行為者としてその賠償の責に任じなければならない。
訴外森安清の自賠法三条の運行供用者責任についてみるに、被告一枝が運転していた軽四輪自動車が、同訴外人の所有であつたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、被告一枝は夫である同訴外人と共に雑貨商を営み、右自動車を商用など家族の用に供していたものであるが、事故当日は被告一枝が子である被告裕の津山市キリスト高校での運動会を見に行くため右自動車を運転し、原告も自分の子の右運動会を見に行くため被告一枝の承諾を得てこれに同乗していたものであることが認められる。しかして、運転者の好意で自動車に同乗するいわゆる好意同乗の場合、自動車所有者のため通常の運行に使用されるのではなく、運転者の好意によつて、全く同乗者の目的のためにのみ運行がなされたような場合には、所有者といえども同乗者との関係では運行供用者とならないことも考え得ないわけではないが、右認定の事実によれば、被告一枝は所有者である訴外森安清の家族の一員としての通常の目的、用方で自己のためにも又運転していたのであるから、所有者である同訴外人のためにも運行していたものというべきであり、訴外森安清は原告の蒙つた損害について、運行供用者としての責任を免れることができない。
二、原告の蒙つた損害について検討する。
(一) 治療費関係
本件事故による傷害のため、原告は数多くの医療機関の診断或いは治療を求め、その治療費、診察費、往復など治療に随伴する出費を、原告は損害であると主張しているのであるが、本件においては、その医療機関の数多いことや、遠隔地であること或いは機関の種類の多いことが特色をなしている。しかして傷害を受けた者がその治療に要し或いは治療に随伴して要した費用は、傷害による通常の損害として、その賠償を求め得るものである。しかしながら、その必要がないのに無暗に医師を転々し、或いは現代医学の水準から必ずしも効果の期待されない療法を専門家の指示によらないで試みるような場合はこれに要した費用を通常の損害ということはできないものであつて、その診察、治療を受けることに一応の合理性が認められなければならない。その合理性の有無は傷害、病症の程度や治療の難易と深く関係するものであるが、通常の人がその程度の傷害を受けた場合にどういう処置をするかということを基準として考えるべく、医療機関を転々することも、医師の専門分野中でも症状に対する得手不得手のあることは考えられるから、医師の意見に喰い違いがある場合、症状の原因が明らかにならない場合、医師の指示、勧奨にもとずく場合、治療の効果があがらない場合などには相当数多くの医師の診断治療を求めることも合理性があるとしなければならない。
〔証拠略〕によれば次の事実が認められる。
原告は本件事故直後津山中央病院で前認定の傷害の治療をうけ帰宅したが、数日後から首、足の運動が不自由となり、同病院に昭和四〇年一一月三日から同年一二月二日まで入院して頸椎捻挫、頸椎損傷の診断、治療を受け、後、自宅療養したが、左上腰神経障碍(しびれて殆んど動かない)のため奈義町高村医院に同年一二月一五日から昭和四一年一月六日まで通院し、その間痛みがひどくなり更に歩行が困難となつたため、中央病院内での医師の意見の喰違いがあつたことも考えて、佐用町藤網整形外科病院に赴いて昭和四〇年一二月二三日には外傷性椎間軟骨症の診断を受け、高村医師の勧奨に従つて昭和四一年三月五日から同年七月二〇日まで湯郷診療所に入院し、その間四月二八日には、津山市高見病院で脳波の検査を受け、同年一一月九日から同年一二月一六日まで湯郷診療所に再入院し、その間である一一月三〇日には湯郷診療所の医師の承諾を得て岡山市榊原十全病院の診断を求め、又、同年一月二八日と五月一六日には湯郷診療所医師のすすめもあつて岡山市の岡山労災病院の診断を求め、その後昭和四二年五月三〇日に頸椎専門医師のいる岡山大学附属病院、更に同年八月一三日には同病院医師の在籍する国立岡山病院の診断を求めたことのほか、右期間中四肢疼性不全麻痺のため左手握力がなく運動障害があり、左手に疼痛があり、左足首から先は知覚がなく、跛行し、杖を使用して歩行し階段昇降が困難で、これらの症状が好転しなかつたことが認められる。
以上認定の事実によれば、症状の程度、治療の効果があがらなかつたこと、又医師の勧奨があつたことなどから、これらの病院で治療診察に要した費用はすべて原告の蒙つた通常の損害であると認められる。
又、前掲証拠によれば、右各病院への往復は原告の身体状況から相当の困難を伴うものであり、汽車、バスなど公衆乗物による往復は適当でなかつたことが認められるから、これら病院への往復に要したタクシー代も又原告が蒙つた損害というべきである。
そして、〔証拠略〕によれば、右診察、入院、治療、往復に要した費用が認定でき、その結果は、次のとおりである。なお国立岡山病院整形外科の診察、治療費については立証がない。
1、津山中央病院 金三万五、三〇八円
2、高村医院 金三、〇八九円
3、藤網整形外科病院 金六一円
4、湯郷温泉病院(診療所) 金八万四、九九二円
5、高見病院 金二、五五九円
6、岡山労災病院 金二、七二六円
7、榊原十全病院 金一、二二六円
8、岡山大学附属病院 金一、七七七円
9、タクシー往復代 金七万九、二九〇円
慶応病院の治療費について考えるに、前掲証拠によれば、湯郷温泉病院(診療所)の板倉医師は、原告が慶応病院に手ずるがあると言つたので、手術をするなら岡山でするより東京でする方がよいと勧めたことなどから、原告は昭和四一年一二月に東京へ赴いて旅館に一週間滞在し、二回同病院の診断を受けたが、検査をしてその結果によれば手術をするといわれてこわくなり、検査をうけないで帰つて来たことが認められる。慶応病院に赴く以前に手術を必要とする旨の診断を示されたことは認められない。右事実によれば、原告は手術を必要とする旨の診断を受けたことがないのに、手ずるがあることや、板倉医師の手術をするなら東京の方がよい旨の勧めによつて東京まで赴いたのであるが、肝心の手術についての慶応病院の必要な検査も単にこわいからという理由で受けずに終つたものであつて、手術を要する診断のもとに重大な手術を受けるために専門医を求めて東京まで赴いたというのならとにかく、右の程度の理由では、近時地方都市でも相当の専門医が治療に当つていることからみても、東京にまで赴いて診断を受ける合理性に乏しいといわざるを得ないのであつて、原告が最終的な検査診断をまたずに帰つて来たことから考えても、その必要性について疑問を抱かざるを得ない。
山本鍼炙での治療費についてみるに、鍼炙を受けるについて原告がそれまで治療を受けていた医師に相談したことは認められないし、証人板倉暁の証言によればこれが原告の症状の治療に効果があるとも思われないというのであるから、医師の長期にわたる治療を受けている原告が素人判断でかかる療法をとることについては合理性を欠くものといわざるを得ない。
高橋イオン治療所での治療についてみるに、原告はこれについても医師の意見をきくことなく、顔面神経症で苦しんだ人が治つたことをきいたので治療を受けたというのであるところ、この治療所の資格等については明らかでないが、この種の機関は所々に散在してはいるものの一般的にはまだ医療機関としての地位を確立していないものというべく、かかる機関の治療を受けるについては、既に長期間医師の治療をうけている原告としては、医師の意見を求めるのが相当であり、かかる配慮なくしてしたこの治療は合理性に乏しいものとせねばならない。
とすれば、慶応病院での治療費、往復、滞在費、鍼炙費、イオン治療所の治療費、往復費、滞在費、謝礼等はすべて原告の受傷により通常避けられない出費ということはできないから、これを原告の蒙つた通常損害とすることはできず、又これらは原告が本件受傷に関連して蒙つた損害であるには違いないがこれを被告らに賠償させるべき特別の理由も認められない。
最後に、細金トレーナー関係の原告の出費についてみるに、前掲証拠によれば、原告は、その子息が東映球団に属するところから、子息に勧められて、球団が阪神方面へ来た際に、その宿舎である芦屋市の竹園旅館に赴いて、別館へ泊りつつ球団トレーナーの指圧、マッサージ、湿布などの治療を受け、謝礼金一万五、〇〇〇円を支払つたほか相当の出費をしたものであることが認められる。
しかして、〔証拠略〕によれば、原告の症状にはマッサージは適当であることが認められるから、原告が右治療に対してトレーナーに謝礼として支払つた金一万五、〇〇〇円は原告の通常の損害として然るべきである。しかしながら、右トレーナーがいかなる専門的技能を有するものであるか明らかでないし、又格別に他では行い得ない治療を行つたものであるとも思われないところ、かかる内容の治療は原告がわざわざ遠距離を赴き、旅館に滞在してまでこれを求めなくとも、一般に求め得るものであると考えられるから、右の謝礼金以外の原告の出費はこれを通常の損害とすることはできない。
10、細金トレーナー謝礼金一万五、〇〇〇円が原告の損害として計上される。
11、看護料、手伝謝礼金一五万九、三〇〇円
これについては〔証拠略〕によれば、原告の受傷後身体の不自由を来たしたため家事手伝、看護を要し、又入院中の家事手伝を要したため請求原因(一)の12記載の人々にこれを依頼し、それぞれ記載の謝礼報酬を支払つたことが認められ、原告の前認定の四肢不自由の程度、原告が主婦であることなどを勘案するとこれらはすべて原告の蒙つた通常の損害である。
12、橋本義肢製作所、頸椎用装具軟性コルセット代金三、三〇〇円
これは〔証拠略〕によれば医師の指示によつたものであつて原告の損害に計上される。
小川器械店に支払つたグリソンシュリンゲ代については〔証拠略〕によれば、首を天井に吊る器具であることが窺えるが、医師の指示によつたものではなく、数多くの専門医の診断をうけていた原告としては、医師に相談することなくかかる器具を素人判断で購入し、使用することは合理性があるとはいえない。
以上によれば、原告の治療関係の損害の合計は金三八万八、六二八円である。
(二) 休業損
〔証拠略〕によれば、原告は調理師免許を有し、表記肩書地において飲食店を営んでいたものであるが、本件事故によつて就労できなくなり、事故当日である昭和四〇年一〇月八日から二年間と一〇日間飲食店を休業し、昭和四二年一〇月一八日から子息が店を再開したこと、および以前に営業していたときには一ケ月に二日の定休をしていたことが認められる。右休業中に原告が得べかりし収益は、原告が蒙つた損害というべきところ、休業前には一日当り小なくとも金七〇〇円の純益があつたことが認められ、この数額は〔証拠略〕により認められる町役場の認定額とも大略一致し、これに反する証拠はない。原告は原告の就労賃一日当り金一、〇〇〇円を損害であるとしているが、かかるものを損害とすべき理由はない。以上によれば二年一〇日間から各月二日を差引いた六九二日に一日当り金七〇〇円を乗じた合計金四八万四、四〇〇円が休業により原告が蒙つた損害と認められる。
(三) 逸失利益
前項に認定した事実のほか、〔証拠略〕によれば、原告の四肢疼性不全麻痺の症状は、現在の前認定の原告の症状以上に軽快する見込がなく、むしろ進行するかもしれないものであり、その身体障害の程度は労働者災害補償保険法の身体障害等級第八級に該当するものであることが認められ、〔証拠略〕によれば原告が大正三年一二月四日生であることが認められる。そして、飲食店を女性が調理師として経営し得る限界年令は一応六〇才までと考えるべく、原告の身体障害による労働能力喪失率は、昭和三二年労働基準監督局長通達によれば、四五パーセントとされており、特にこれを失当とする理由もないから一応これに従うべく、以上により、原告が営業を再開した昭和四二年一〇月一八日から原告が六〇才に達するまでの期間六年二ケ月、一ケ月平均三〇日から二定休日を除いた月二八日の純益金一万九、六〇〇円、喪失率四五パーセントとして、右得べかりし利益を現在一時に請求するための中間利息を差引くホフマン式計算法に従つて計算すると
19600×0.45×64.38328499(年利五分、現価率表74ケ月の係数)=567860(銭以下四捨五入)により金五六万七、八六〇円が算出され、これが原告の逸失利益としての損害である。
なお、被告らは、右逸失利益について、労働能力が減少しても収入減がなければ損害があるものとはいえず、原告の場合はその子息が自らも好んで調理師となつて、原告の飲食店営業を継続しているから、現実の損害がないというのであるが、原告の子息が営業を再開継続して利益をあげているのは、原告の喪失した労働能力を承継して営業をしているわけではなく、原告の労働能力が減殺されなかつたならば、子息の労働力とあいまつて更に利益をあげ得たであろうところ、かかる得べかりし収益を逸したものであると考えるべきであるから、現実の収入減がないものとはいいえない。
(四) 後遺症に対する将来の治療費については、原告には後に認定するような相当の後遺症があることが認められるが、全証拠によるも、原告の症状に対して今後いかなる治療が必要であり、又その治療にどれだけの費用を要するものであるかについてこれを認めるに足りる証拠がないから、これを損害として認めることはできない。
(五) 慰藉料
前認定の原告の受傷時の状況、入院等治療の状況、原告の職業、収入、年令などのほか、〔証拠略〕によれば、原告が被告一枝運転の自動車に同乗したのは、原告および被告一枝の各子息の高校運動会を参観すべく、被告一枝が自動車を運転して出発しようとした際、近隣に居住して交際のあつた原告も運動会に行こうとしていて同乗させてもらつたものであること、原告は四肢疼性不全麻痺により左腕に疼痛があつて今後も季節的に疼痛があるものと予想され、左手握力がなく、左手を肩より上方あるいは後方へ曲げることができず、左足の足首から先が弛緩性の麻痺でブラブラし、自力で草履もはけず、杖をついて歩行し、かつ跛行するような身体状況であつて、かかる症状は今や殆んど固定し、今後軽癒する見通しはたたず或いは麻痺が進行するおそれなしとしないことが認められる。
これらの事実によれば、原告がこの受傷によつて相当深刻な苦痛をなめ、今後も苦痛が継続することにより精神的損害を蒙つたことは容易に窺い得るところであつて、諸般の事情を考慮すると、原告のこの精神的苦痛を慰藉するには金五〇万円をもつてするを相当とする。
なお、被告らは本件事故は原告に頼まれて乗車させたものであるから、原告の蒙つた損害額の認定についてこれを斟酌すべきであると主張している。しかしながら、いわゆる好意同乗の場合に、格別の事情がないのにこれを損害賠償請求権の事前放棄であるとすることはできないし、又、同乗者について損害の発生に対して格別非難すべき行為がないかぎり過失相殺の法理を直ちに適用すべき理由も認められないから、好意同乗の理由をもつてしては同乗者の蒙つた損害の一部を同乗者に負担せしめて然るべき根拠は容易に見出すことができない。ただ慰藉料額の決定にあたつては運転者と同乗者との人的関係、同乗の目的などを充分考慮すべきであり、運転者の好意に甘えるところが大きければそれだけ慰藉料額を低く決定すべきものであると考える。
又、被告らは、原告は医師に手術をうけるようすすめられたのに理由なくこれに応ぜず損害を増大したから過失相殺さるべきであると主張しているが、前認定のように原告が慶応病院で又のちには岡山大学病院で手術をすすめられたのに恐ろしいという理由だけでこれに応じなかつたものであるけれども、その当時には原告の症状は既に固定化していたものであり、手術を受けなかつたことによつて殊更に損害が増大したことを認めるに足る証拠はない。
三、被告らの抗弁についてみるに、抗弁一項については、〔証拠略〕によれば、原告が被告一枝の本件業務上過失傷害事件の参考人として取調を受けた際、捜査官に対し抗弁一項記載の趣旨を述べたことが認められるが、これは前後の事情から、被告一枝の刑事責任の追及に対する原告の寛大な態度を表明したものであることが明らかであり、損害賠償義務のある当事者に対してした請求権放棄の意思表示であるとは到底解し難く、他に右抗弁を認めるに足る証拠はない。
抗弁二項については、〔証拠略〕によれば、昭和四一年八月頃、原告と被告一枝並びに訴外森安清との間に斡旋する者が入つて原告の損害の賠償について話合いがあり、被告らが金一八万円を原告に支払う内容の話し合いがほぼまとまつたが、その翌日被告一枝の方から減額を求めたため、原告がこれに応ぜず、結局話し合いが成立しなかつたことが認められ、この認定に反する証拠はないから、被告らの和解成立の抗弁は理由がない。
四、以上示したところによれば、原告が本件交通事故により蒙つた損害は金一九四万〇、八八八円であるところ、原告が自賠法にもとづいて金七三万円の弁済を受けていることは当事者間に争ないところであるから被告森安一枝は不法行為者として、訴外森安清は自賠法第三条に基いて、それぞれこれを差引いた金一二一万〇、八八八円の損害賠償義務があることになる。
しかして、訴外森安清が昭和四三年二月一六日死亡し、被告一枝は妻として、被告恭子、同裕、同玉恵はそれぞれその子として同訴外人の債務を相続したことは当事者間に争いがないから、被告一枝は三分の一、その余の各被告はいずれも九分の二の割合で同訴外人の右債務を承継したものである。とすると、原告に対し、被告一枝は不法行為者或いは訴外森安清の債務承継人として金一二一万〇、八八八円、被告恭子、同裕、同玉恵は訴外森安清の債務承継人として各金二六万九、〇八六円およびこれに対する不法行為の時或いは原告の各支出の時から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があることになる。なお被告一枝について、自己の不法行為者としての賠償義務と訴外森安清の運行供用者としての賠償義務とはいずれも全部的賠償義務で債務の内容目的を一にするものであるから、不法行為者である被告一枝が、同訴外者の右のような債務を相続承継したからといつて、被告一枝の債務が数額的に増大するものでないことはいうまでもない。しかして原告は、不法行為或いは支出のときより後であること明らかな本訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求めておりこの日が昭和四三年三月一八日であることは記録上明らかであるから、原告の本訴請求は、原告に対し、被告らが各自前記金員およびこれに対する昭和四三年三月一八日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払うことを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求をいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条但書第九三条一項但書を、仮執行の宣言について同法第一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中昌弘)